「咲耶あねぇ、買ってきたよ!」
「ありがとう衛。あとは可憐がパーティグッズを買ってくるだけね」
クリスマスイヴの前日、ボクはあねぇたちと明日のイヴの食材やパーティグッズを買いに商店街に来ていた。
「早く帰らないと家でお留守番をしているお兄様が寂しがるわね」
「そうだね。可憐あねぇ早く来ないかな…」
ボクの兄妹はあにぃに可憐あねぇ、咲耶あねぇの四兄妹、ボクは末っ子なんだ。
一番上のあにぃは高校三年生で咲耶あねぇは一年生、可憐あねぇは中学三年生でボクは一年生、あにぃとは5歳も年が離れているんだ。
「あっ、ようやく来たわね。もう、遅いわよ可憐」
「はぁはぁ…、ごめ〜ん…、色々あって選ぶのに時間がかかっちゃって…」
「まあしょうがないわね。何せお父さんの兄弟のいとこたちがみんなくるんですもの」
毎年クリスマスイヴはお父さんの兄弟のいとこたちがみんな集まって盛大なパーティーをやっているんだ。みんながまだ小さい頃はみんなのお父さんやお母さんを交えてのパーティーだったけど、みんながそれなりに大きくなってからはいとこたちだけで行うようになった。お父さんもお母さんも子供たちだけでパーティをした方が楽しいからっておじさんの家に泊まりに行った。
「お兄様、ただいまー。あら…奥の方から話し声が聞こえるわね」
家に帰ると奥の方から話し声が聞こえて来た。多分おじさんの子供たちがもう来たんだと思う。いとこたちだけのパーティをやるようになってからはお父さんたちが泊りに行っている代わりに、子供たちが1日早く家に遊びに来ているんだ。
「全く、我が国の排他的経済水域で不審な行為をするなんて許せませんわね。今日は陛下の御生誕日だといいますのに…」
「まあ、今日までに解決したのが何よりだったよ…。後は犯人が北朝鮮人な事を願うのみだね…。もしそうだったら、米国やイスラエルのように北朝鮮をテロ国家と断定して合法的に金正日を殺せるからね……」
「ま、憲法やら自衛隊法やらを改正しなきゃ何も出来ないけどね。あっ、お帰り、咲耶に可憐に衛」
「ただいま、お兄ちゃん。それからこんばんは千影ちゃんに春歌ちゃん」
「ご無沙汰しておりますわ。今日は陛下の御誕生日ともあって、この春歌、基督生誕日に行われるパーティーに先んじて馳せ参じましたわ」
「やあ…、三人とも無事で何よりだよ……。この家に来たら兄くんしかいなかったから…、てっきり他の妹たちは炭疽菌に犯されたか北朝鮮に拉致されたかと思って心配だったよ……」
「二人とも相変わらず天皇陛下バンザイな性格ね…」
咲耶あねぇがいつもと変わらない二人に呆れかえる。お父さんのおじさん、つまり弟の子供たちの千影ちゃんと春歌ちゃん。千影ちゃんは高校二年生で、春歌ちゃんは咲耶あねぇと同じ高校一年生。二人のお父さんは難しい名前のグループに入っていて、いつも街宣車に乗って大きな声を出して国会議事堂の前で演説しているって聞いたことがある。その影響なのか二人は少し変わっている性格をしているけど、あにぃとは以外に気があったりするからボクの気持ちは少し複雑だったりする。この二人とお話するあにぃの口からはボクと話す時には使わない難しい言葉がいっぱい出てくる。それでこの二人はボクの知らないあにぃを知っているようで、何だか羨ましかったり悔しかったりする。それでボクもあにぃとそんな会話をしてみたいと思ってあにぃの部屋にこっそり入って本棚の本を見たりしたけど、厚くて小さい字がぎっしりに詰まった難しい本ばかりでとても読めそうになかった。ボクももう少し大きくなれば読めるようになるのかな…、そうすればボクの知らないあにぃを知ることが出来るのかな…?
「ああ、そういえばさっき電話があって四葉と亞理亞はやっぱり来れないって」
「そう、まあ仕方ないわね、アメリカであんな事件が起きたら怖くて飛行機に乗れないでしょうしね」
四葉ちゃんと亞理亞ちゃんはお父さんの2番目の妹の子供たちで、今は両親の仕事の関係で海外に住んでいるんだ。毎年のように年末年始になると日本に帰って来てたんだけど、今年はアメリカでテロが起きたからどうなるか分からないって前々から言ってた。お父さんの兄弟の子供たちが全員揃えないのは残念だけど、世の中が大変なことになっているからそれも仕方ないと思う。でもやっぱりみんなでワイワイ騒ぎたかったな…。
「まったく、ラディンだかラーディンだか分からないけど、とにかくオヒゲのおじさん一人のためにメンバーが揃わないだなんて許せないわ!」
いとこのみんなが揃わないことに怒る咲耶あねぇ。こういう自分の気持を素直に表に出せる所がボクには嬉しかったりする。あ〜あ、ボクももう少し自分の感情を表に出せたらいいのにな…。
「二人とも電話で来れないのを残念がっていたよ」
「鞠絵ちゃんは体調が優れないって話だから、今年はお兄ちゃんを含めた10人のパーティになるわね」
お父さんの長女の一人娘の鞠絵ちゃんは生まれた時から病弱で、入院生活を繰り返しているんだ。去年は体調が良くて何とか来られたけど、今年は体調が優れなくて来れないって話だった。
ボクのお父さんは男2人、女4人の6人兄弟なんだ。ボクの家の家系は女の子が多い家系で、お父さんの兄弟の子供たちはあにぃ以外はみんな女の子だったりする。お父さんの弟の子供の千影ちゃんに春歌ちゃん、長女の子供の鞠絵ちゃん、三女の子供の四葉ちゃんに亞里亞ちゃん。他のお父さんの妹たちにもそれぞれ女の子が2人いて、女の子が全部で12人いる。それでいとこの中で男の子はあにぃ1人だけでしかも一番年上だったりする。そのせいか、みんなあにぃのことを自分のお兄さんのように慕っている。
「兄」がいないみんなにとってあにぃはどんな存在なんだろう?実際の妹であるボクにとってはその辺りがすごく気になったりする。
「テロといえばようやく自衛隊の立場が少し改善されましたわね。これで集団的自衛権が認められる日も近いですわね。後は世界の方々も含めて自衛隊は天皇の近衛隊である事をご理解頂ければ良いのですが…」
「まあ…今はこれくらいでいいだろう…。政治の腐敗が国の破滅を導いたのを理解せず、ただ支邦や米に媚びらう奴隷になって皇軍の存在そのものを非難する愚かな政治家にしてはよくやった方だよ…。いずれにせよこれで私の夢…大東亜共栄圏樹立には確実に一歩近づいたよ……」
千影ちゃんたちがまたよく分からない会話をしている。でもあにぃはその話を楽しそうに聞いているから面白い話なのかな?
そのあとみんなで夕御飯を食べて、ボクと可憐あねぇは9時過ぎには蒲団に入った。あにぃと咲耶あねぇはもう少し遅くまで千影ちゃんたちとお話をしてから眠るって言っていた。
「しかし、高校生位になればイヴは彼氏とかってなるのに、みんないとこ同士のパーティーに参加するんだもんな」
「あら、それはそっくりそのままお兄様にお返しするわ。お兄様ももう高校3年生だというのに彼女の1人もいないっていうのは寂しいわよ?まあ、私は少なくともお兄様より魅力的な人でない限り、彼氏にする気はないわね」
蒲団に入っていると下からの話し声が聞こえてきた。咲耶あねぇは相変わらずだなぁ〜と思いながらもボクも考えてみる。ボクの場合はどうなんだろう…?もしボクが男の人と付き合うとしたら、やっぱりあにぃみたいな人と付き合おうとするのかな…?
「ワタクシの場合、この国を愛し、命を投げ出してでも護り通そうとする殿方ならどなたでも構いませんわ。ただ、最近の殿方は自分が日本人であることすら自覚していない方が大勢ですので、春歌のお目に適う殿方を見つけるのは森の中の木の葉を見つけるのに等しい行為ですわ」
「フフ…私は世界終末戦争勃発を画策している石原莞爾的な人かな……。ま…一歩譲って鳥肌実という所だね……」
自分の「兄」みたいなタイプが好みです!何て他の人たちの前で言うとからかわれそうだけど、千影ちゃんたちの好みのタイプを聞いているとそれが普通なのかなぁって思っちゃうから何かフシギ……。
そのあとしばらくあにぃたちの会話を聞いてたけどだんだんうとうとしてきちゃった…。明日は楽しいクリスマスイヴになりますように……。
辺りが暗くなってきた頃、みんなでイヴの準備を始めた。咲耶あねぇと春歌ちゃんはお料理作り、あにぃと可憐あねぇは家のお掃除、そしてボクは千影ちゃんとクリスマスツリーの準備。
「ところで衛君…クリスマスツリーの由来は知っているかい…?」
「えっ?ううん、知らない…」
「私も詳しくは知らないけど…、ある本によるとゲルマン民族の戦勝記念で木に色々と物を飾るのが由来という事なんだ……」
「ふ〜ん」
千影ちゃんってよく分からない言葉を使うことがあるけど、たまに物知りな面を見せたりする。その辺りはやっぱりあにぃの次に年上だったりするんだなぁ〜って素直に感心したりする。
「例えばこのサンタクロースの飾り物…、これはゲルマン民族に敵対した人達の死体や生首を木に飾ったのが由来なんだよ……。私もそれに習って…今年の基督聖誕祭はラディンの生首を飾りたかったよ……」
「は…はは……。でもそれじゃ大き過ぎてツリーに飾れないんじゃないの…?」
「大丈夫…。干首にしてからなら問題なく飾れるよ……」
「……」
う〜っ、あにぃでも咲耶あねぇでもいいから他に誰か手伝ってよ〜。このままだと作業が終わるまで、ボク千影ちゃんの怖い話をずっと聞かされそうだよ〜〜。
「こんばんはーっですのー!」
「あっ誰か来たみたい!千影ちゃん、ボクちょっと見てくるね!」
作業を中断してボクは逃げるように玄関に向かった。誰かは知らないけど途中で抜ける理由を作ってくれてどうもありがとうー。
「あっ、鈴凛ちゃんに白雪ちゃん!」
ドアを開けたらそこにいたのはお父さんの次女の子供達の鈴凛ちゃんと白雪ちゃんだった。
「ひさっしぶり〜衛ちゃん!」
「衛ちゃんこんばんはですの。そろそろ咲耶ちゃん辺りがお料理に苦戦している頃だと思って来ましたの!」
鈴凛ちゃんは中学三年生で白雪ちゃんはボクと同じ一年生。二人のお母さんがすっごく器用な人で、その遺伝で二人ともお母さんに負けず劣らず器用だったりするんだ。
「しっ白雪ちゃん!い、いつ来たの…?」
「ついさっきですの。咲耶ちゃん、お料理は毎年のように苦戦してますの?」
「えっ…そ…そんなことはないわよ……」
いかにも苦戦してますよっていう反応をする咲耶あねぇ。咲耶あねぇ、毎年料理は私に任せておけって言いながらいっつも白雪ちゃんに手伝ってもらってるんだよね…。
「残念ながら援軍の手助けがなければとても出来そうにありませんわ。ワタクシも日本料理ならば誰の手助けも必要ないのですが…西欧料理は畑違いでして……」
「う〜っ…認めたくないけど…認めたくないけど……白雪ちゃん手伝って〜〜」
「咲耶ちゃんついに降参ですのっ。あとは姫に全部任せるんですの!」
「致し方ありません。前線は白雪さんにお任せ致しまして、ワタクシは後方支援に務めますわ」
「来年こそは…来年こそは絶対に白雪ちゃんの手は借りないわよ〜〜!」
そう思うなら普段からお母さんが料理を作る手伝いをすればいいのに、咲耶あねぇったら私が作りたいのは特別な日の特別な料理だから普通の料理には興味ないって全然手伝わないんだよね…。でもそう思いながらもボクは心の中で咲耶あねぇ頑張れって小さな応援をするんだ。
「おっ、鈴凛と白雪の到着か。これで料理の方は何も心配する必要ないな、咲耶」
「もうお兄様たっら〜。それじゃまるで私が全く料理が出来ない女みたいじゃないの〜」
台所が賑わって来たのに反応したのか、あにぃが台所に顔を出してきた。
「アニキ、久し振り〜。例のブツちゃんと作ってきたよ〜」
そういうと鈴凛ちゃんはカバンの中から大きな箱を取り出した。
「はい。注文通りステイメンの稼働箇所を大幅に増やして自作の爆導策やフォールディングバズーカを搭載した、HGガンダム試作3号機だよ」
「サンキュー。掃除の方は僕と可憐で何とかなりそうだから鈴凛は衛達とツリーの飾り付けを手伝って」
「了解しました〜」
あにぃが鈴凛ちゃんに掃除の手伝いをしてくれって頼まなくて本当に良かった〜。これで少しは良い環境に…
「やあ…誰かと思えば鈴凛君達が来たのか……てっきり私は炭疽菌が送られて来たのかと思ったよ……」
「ん〜、炭疽菌は専門外だからあたしは作れないな〜。まあ、対人地雷に匹敵する破壊力を誇る小包型の時限爆弾なら簡単に作れるけどね〜」
「そうかい…では気が向いたら家にでも送ってきてくれ……」
「あ…ボ…ボクちょっとあにぃたちの様子見てくるね!!」
う〜千影ちゃんと鈴凛ちゃん、相性良過ぎるよ〜〜。環境が良くなる所どころかますますボクがついていけない雰囲気になったから、ボクは理由を作って無理矢理その場を後にした。
「ははは……確かに衛じゃあの二人の相手は大変だな」
本当にあにぃの所に行って話したら思いっきり笑われた…。もう〜あにぃ〜、そんなに笑わないでよ〜〜。
「まあ、鈴凛にツリーの手伝いをするように言ったのは僕だし、なんなら僕と作業を交換しようか?」
「えっ!…う…うん……」
何だろう…あにぃがボクの代わりに千影ちゃんたちの相手をしてくれるっていうのは嬉しいけど、同時にあにぃが千影ちゃんたちに取られたみたいで何だか不思議な気持ちになる……。
「どうしたの衛、ぼおーっとしちゃって?ひょっとして千影ちゃんたちにお兄ちゃんを取られたでも思ったの?」
「えっ!?そ…そんなことないよ…!!」
「ふふっ…その顔図星ね…」
可憐あねぇにからかわれてボクは作業がおぼつかなくなってしまう。こうやってすぐにボクの気持ちを理解する辺り、可憐あねぇはやっぱりボクのあねぇだと思う。
「衛…、咲耶お姉ちゃんがどうしてお兄ちゃんのこと『お兄様』って呼ぶか分かる?」
「えっ…?」
掃除中可憐あねぇが突然話題を変えてくる。そう言えば以前から咲耶あねぇの「お兄様」っていう、少し他人行儀な呼び方でだと思っていた。でも、何でそう呼ぶかはボクに教えれくれたことはなかった。
「家のお父さんと千影ちゃんたちのお父さんが仲がいいのは知ってるわね?」
「うん。妹が多い兄弟でたった一人の弟だったから小さい頃から良く一緒に遊んでいて、その頃からの仲だって」
「それでね、私たちの兄妹も妹ばかりだし親戚関係も女の子ばかりだから、お兄ちゃん、お父さんみたいに仲のいい弟がすごく欲しかったんだって……。そんな時生まれたのが衛、あなたよ」
「えっ!?」
「衛は女の子だったけど物心が付いてくると男の子みたいに元気な子になって、そしたらお兄ちゃんがまるで弟ができたみたいだって、衛とばかり遊ぶようになったの…。そうしてお兄ちゃんは私や咲耶お姉ちゃんとほとんど遊ばなくなって、私も咲耶お姉ちゃんも衛にお兄ちゃんを取られたって嫉妬するようになったのよ…」
可憐あねぇの話を聞いて、ボクは昔の事を思い出してみる……。そういえばあにぃはよくボクとキャッチボールやサッカーをしてよく遊んでいた気がする…。でもそれをあねぇたちが嫉妬していたなんて……。
「私は物心付いた時から咲耶お姉ちゃんとよく遊んでいてお兄ちゃんとは元々あんまり遊んでいなかったけど、それでも少しは衛にお兄ちゃんを取られたって思ったわね…。でも咲耶お姉ちゃんは本当に悔しがって、自分は衛みたいな男の子みたいな女の子にはなれないからとことん女の子らしさを追求するって。そうして追求するようになったのはいいけどそれでもお兄ちゃんは衛の相手ばかりで、咲耶お姉ちゃんの嫉妬心はますます高まって行ったの。そしてお兄ちゃんを振り向かせたい一心で女の子らしさを追求していったら、いつのまにかお兄ちゃんのことを『お兄様』って呼ぶようになったのよ……」
そうだったのか…。だから咲耶あねぇはあにぃのことを「お兄様」って…。でもそれはあにぃもボクも小さかった頃の話で、今のあにぃはどう思っているんだろう…?あにぃは最近はボクとも遊ばなくなって来たし…、今のあにぃにとって一番好きな妹は誰なんだろう……?
パーティの準備が大体終わった辺り、お父さんの四女の子供達の花穂ちゃんと雛子ちゃんが来た。こうして参加メンバーの全員が揃い、盛大なクリスマスパーティが始まった。来れなかった四葉ちゃんや鞠絵ちゃんの分まで楽しもうとみんないつも以上に盛り上がった…。
そんな中、ボクは可憐あねぇの言葉が耳から離れなくて、パーティーが終わるまでの間ずっとあにぃを見つめていた…。ボクだけでなく他の子供たちとも仲良く話すあにぃ……。ねえ、あにぃ…あにぃの気持ちは誰に向いているの…?